前回の記事では、バンコクで巡った都市・建築を紹介しました。
バンコクに訪れてみて感じたことは、バンコクの都市づくりには明確な理想郷を作り出す熱量があるということでした。一年を通して蒸し暑い熱帯の国においては、環境を人工的にコントロールする手段としての建築や都市の役割はやはり大きいのです。そして、それらに対する人々の期待感もことのほか大きいと(主観的ですが)感じました。
人々がより快適で幸せに暮らすために建築や都市計画がある、という原初的なことを改めて思い知らされました。
さて、それでは、バンコクの都市が目指す理想郷とはなんなのか?それを語る3つのキーワードを僕たちなりに表現すると、次の3つになるだろうと思います。
[1]熱帯気候の蒸し暑さから逃れるための”モール”
[2]過大な自動車交通から逃れるための”スカイ”
[3]都市の過密さから逃れるための”グリーン”
今回は、3つのキーワードの一つ”モール”について考察していきます。
目次
1.3種類のモール
バンコクには多くのショッピングモールがあります。「Central World」や「ICON SIAM」などの巨大できらびやかなモールが目立ちますが、近年では少し違ったコンセプトのモールも出てきています。
バンコクのモールを分類すると、次の3つに分けられると思います。
1)超商業型モール[アイコンサイアム、サイアムディスカバリー、セントラルエンバシー、セントラルワールド]
巨大な資本会社により開発されたショッピングモール。多くの人を誘引するためのきらびやかな内外装や大手商業テナントが入居する商業空間が特徴。
2)コミュニティ型モール[ザ・コモンズ トンロー、ザ・コモンズ サラデーン]
金銭的な利益の追求だけでなく、地域コミュニティづくりに配慮されて計画されたショッピングモール。建築はまちに開いた構えをしていて、人々が交流できるような空間が多く設えられている。
3)その他[SAMYAN CO-OP]
最後に、資本でもコミュニティでもないプログラムで利用客を確保しているという点で、新たなモールの可能性を感じた事例である、大学に隣接した立地を利用した無料のコワーキングスペースが入るショッピングモールを紹介したい。資本、コミュニティの次はイノベーションなのかもしれない。
上記3つのモールを紹介していきます。
2.バンコクのモール
1)超商業型モール
①アイコンサイアム ICON SIAM
アイコンサイアムは、バンコクで最も巨大なショッピングモール。水上からも陸上からもアプローチできる。水上バスでのアプローチはそれ自体がアトラクションとなっていて楽しい演出。
建物はとにかく大きい。人間のためとは思えない巨大な空間がそこかしこに広がる。このスケールの大きさからか、建物の中に街があるような感覚に陥る。建物の中にガラス張りの建物があり、ストリートがあり、ハイブランドが軒を並べるアベニューがある。入れ子状に展開される都市と建築とショップが人々を商品の迷宮に迷い込ませ、盲目にする。
海中のような内装の商業ゾーンやハイブランドゾーンがあり、高島屋やユニクロなどの日系企業も入居する。圧巻は最上階のフードコート、そこが地上6階以上であることを忘れてしまう程の開放感とある種のテーマパークのような世界観をつくり上げている。天井から落ちる滝まで!
②サイアムモール Siam Paragon, Siam center, Siam Discovery
サイアム駅周辺は、バンコクの中でも巨大モールが最も集中する地区のひとつ。このエリアには、「サイアムパラゴン」、「サイアムセンター」、「サイアムディスカバリー」、「サイアムスクエアワン」などのモールが群をなして立地している。どのモールもきらびやかな内装と贅沢な吹き抜け空間をもつ。「サイアムディスカバリー」は、佐藤オオキ氏が主催するnendoによるデザインでリニューアルされている。
これらのモールは高架鉄道駅やペデストリアンデッキ、人工地盤によって相互に繋がり、つい回遊してしまうようなつくりになっている。
③セントラルワールド Central World
サイアムエリアの隣にある巨大モール。建物はもちろん巨大だが、「セントラル・ワールド」の特徴はその前面の全長300mはある巨大な広場。アジアのタイムズスクエアと呼ばれるのも納得できる。
この広場は昼と夜で異なる表情を持つ。昼は移動と滞留を受け止めるケの場から、夜は巨大屋台が設置され迫力ある大型デジタルサイネージが煌めくハレの場へと転じる。 広場の南端にはApple store(Foster + Partnersによる設計)が君臨。『街のアイコン』としてのユニークなデザインの建築とデジタルサイネージが、広場をただ広いだけの空間で終わらせずに、高揚感のある場所として昇華させることに成功している。
④セントラル・エンバシー CENTRAL EMBASSY
銀色のアルミパネルがギラギラと煌めく鱗のような外観をもつ「CENTRAL EMBASSY」。
外観とは裏腹に、中に入ると優しい曲線で構成された白くて上品な空間が広がる。吹抜けは少しずつズレながらトップライトからの柔和な光が館内を満たす。つい見惚れてしまう美しさ。
モール内は冷房がガンガンに効いた”オアシス”的な存在(実際に外の暑さに負けて何度も出入りした)。低層部には比較的ハイブランドを取り入れつつ、上層階には2層使いのプチリッチな空間であるカフェと本屋が融合した「OPEN HOUSE」が入居する。それらを結ぶ共用部の動線空間が美しく、人々を誘引する。発達したモール文化ならではの発想が面白い。
「OPEN HOUSE」は、いわば、誠品書店や蔦屋書店のバンコク版。設計は代官山T-SITEで知られるクライン・ダイサム・アーキテクツ。天井が高く前面ガラス張りに加えて中央のトップライトのおかげで明るく開放的な空間となっている。おしゃれなカフェから生演奏のBGMまで蒸し暑いバンコクでは天国のような空間。
コンテンツの力は言うまでもなく大事だが、共用部にお金をかけていこうという姿勢に好感を持った。デザインの善し悪しは別にして、こうした思想が成熟都市において建築の価値や豊かさを底上げしていくことにつながる。(そうあってほしいという希望も込めて)
2)コミュニティ型モール
⑤ザ・コモンズ トンロー the COMMONS Thonglor
トンロー通りに位置する「the COMMONS Thonglor」。中央の大きな吹抜けを囲うようにスキップフロアで構成され、多彩な居場所を創出する4階建てのコミュニティモール。スラりと細い柱や躯体の現しにより圧倒的な開放感と一体感を生みだしている。
店舗を繋ぐ共用部は基本的に全て半屋外空間となっている。この共用部が動線としての役割だけでなく、多様な活動を許容する居場所ともなる。結果的に、この施設を訪れて目に入ってくる光景は、お店の商品や看板ではなく、休んだり話したり思い思いに過ごす人々の姿。
『人が主役』を突きつめていくと、切っても切り離せないのが「みどり」の存在。共用部の動線や滞在空間に寄り添うかたちでほどよく植栽が配置されている。適度な彩光と風通しを確保できる半屋外空間とも上手くフィットしている。どこにいても気持ちがいい。改めて熱帯地域特有の居場所づくりが随所に光る建築です。
単にオープンスペースをふんだんに設けているだけでなく、そこで滞在・移動したくなるしかけが考え抜かれている。空間が立体的で行動の選択肢も豊富なので、人と人との距離感(=ソーシャルディスタンス)もまた絶妙。さすがはコミュニティを先行して計画されたモール建築。”コモンズ”という名を体現している。
半屋外の共用部は、快適な環境となるよう建築設備の面でも工夫されている。吹抜けの最上部にはファンが取付けられ、煙突効果を促進して空気の流れを作り出す。シーリングファンや剥き出しの天井隠蔽型の室内機など、よく見ると空調設備もアクセントになる。この無骨さになんだか親しみやすさを感じる。ファブリックによる柔らかなファサードもいい。雨が降ってなかったら、そのカーテンは巻き上げられて開放的な空間に変わるのだろうか。
⑥ザ・コモンズ サラデーン The COMMONS Saladaeng
夜に訪れた「the COMMONS Saladaeng」は、多くの若者で賑わっていた。この建築の大きな特徴は建物中央の2組の赤い三角屋根。この屋根が通りからのアイキャッチになる。さらに、屋根下は人々が滞留する階段状の半屋外空間であり、安心して入りやすいファサードを作り出している。
建物内は多国籍な屋台が集まる横丁スタイル。気積の大きい開放的な空間が人々を盛り立てている。長机で飲食するため、隣の人とも距離が近くコミュニケーションも生まれやすい。見渡す限り若者、若者、若者。中央のスクリーンではサッカーの試合が中継されていたが、それに目をやる人はほとんどいないくらいの盛り上がりを見せる。相席した同世代の地元の人によれば、感度の高い人が多く来ているとのこと。タイに多いLGBTQの人も多く集まるらしい。
3)その他
⑦サムヤーン・ミッドタウン Samyan Mitrtown
タイの東大ことチュラロンコン大学に隣接立地する落ち着いたモール「Samyan Mitrtown」。ここにあるコワーキングスペース「SAMYAN CO-OP」は、なんと外国人の僕らでさえも利用者登録すれば無料で使える。利用者は学生がほとんどでほぼ満席の稼働率。自習からグループワークまで多様な居場所が用意されている。
近年のグローバル化によるフリーランス専門家の増加と、交流やリラックスを好んだ働き方・学習ニーズに対応した新しいワークプレイス。地下駅直結という利便性に加えて、吹抜け2層の開放感ある内装と各種サービス(WiFi、文房具、カフェ等)を完備し、残席数もオンラインで確認可能。至れり尽くせり。
3.まとめ
バンコクの7つのモールを紹介しました。この記事で紹介したモールは、実はほんの一部でしかなく、バンコクにはまだまだたくさんのモールがあります。
これほどの大量のモールが必要なのだろうかと素朴に疑問を持つ人もいるかもしれませんが、実際に現地を歩いてみれば、そんな疑問はすぐに払拭されることになると思います。
1年中真夏のような国では、ただ街を歩いているだけで身体中から汗が吹き出すのです。一日中外を歩くなんて到底できません。
これほど過酷な環境下では、人々は冷房が完備された場所を求める。涼しい空間で汗をかくことなくショッピングを楽しめる。ハエ一匹飛んでいないなかでご飯を食べる。映画を見る。
まさにバンコクのモールは『理想的な気候を内包し建築化したまち』そのものなのです。
一方で、モールがその機能性へ偏重し過ぎたときに、人が集まる場所としてのモールの意味を改めて考え直すような動きが出てきていると感じました。その可能性を地域コミュニティの回復に向けたのが「ザ・コモンズ」であり、イノベーションの創出に向けたのが「サムヤーン・ミッドタウン」なのだろうと思っています。
今後もバンコクのモールがどのようなに進化していくのか、楽しみです。
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toshinismでは、ルームシェア生活での発見や気づきを軸に、広く都市に住まうことについて発信していく予定です。
皆さんが当たり前に行っている日々の暮らし。
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次回は、バンコクの都市・建築を語る2つめのキーワード”スカイ”について紹介します。
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筆:UD