今回の旅、僕達はバンコクを訪れた後、クアラルンプールやマラッカ、シンガポールと東南アジアを南へ縦断しました。
熱帯の国の”みどり”を見て驚いたのは、日本で見るそれとは明らかに違い、生命力がドバドバと溢れ出る様でした。冷静に考えれば、日本は春夏秋冬がはっきりしていて、春から夏にかけてのみ植物は太陽の日差しをいっぱいに浴びて成長し、秋から冬にかけては成長が鈍化します(すべてがそうではないかもしれないけど、、)。一方で、東南アジアに四季はなく、暑季も雨季も乾季も蒸し暑いのに変わりはない。つまり、1年中育ち盛りで、そりゃあ生命力がみなぎるわけです。
さて、バンコクを語る3つのキーワードの最後は、そんな”みどり=グリーン”に関することです。
1.3種類のグリーン
冒頭でも書いたように、熱帯の都市バンコクでは”グリーン”は大きな存在感を放ちます。緑がもりもりと育つ環境だからこそ、熱帯の国ではグリーンとの付き合い方がうまい!? 少なくとも日本での付き合い方とは異なる点も多々ありそうです。
バンコクのグリーンを分類すると、次の3つに分けられると思います。
1)建築を魅せるグリーン[ザ・コモンズ トンロー、タムニ]
建築を魅せる要素としてのグリーン。主役は建築であり、それを引き立たせる脇役としてのグリーン。これは世界中どこの国でも見られるものですが、バンコクでの熱帯の気候と呼応した、屋内と屋外が混ざり合う建築に、グリーンが躍動し、空間をより魅力的な居場所へと仕立てる上手さがありました。


2)土地の記憶を象徴するグリーン[ジャム ファクトリー、パトム オーガニック リビング]
時間や記憶を内在し表出する役割としてのグリーン。熱帯の国では緑の成長が早い分、緑が内に蓄積する時間が日本よりも大きく感じました。緑はその土地の記憶を象徴する重要な役割を持っています。その緑を頼りに場所の価値が発揮される事例を紹介します。


3)未来を創造するグリーン[ベンチャキティ森林公園スカイウォーク、チャオプラヤー川スカイパーク]
最後は、公園や土木施設などの大きなスケールで展開されるグリーン。巨大なスケールを大胆かつ繊細に扱いながらヒューマンスケールな居場所を生み出し、都市のウェルビーイングやQOLを向上させます。近年の世界的な潮流を受けて、人間以外の生態系への配慮なども行われ、これからの都市に求められる価値を創造する試行が始まっています。


2.バンコクのグリーン
1)建築を魅せるグリーン
①ザ・コモンズ トンロー the COMMONS Thonglor
トンロー通りに位置する「the COMMONS Thonglor」。中央の大きな吹抜けを囲うようにスキップフロアで構成され、多彩な居場所を創出する4階建てのコミュニティモール。(ザ・コモンズはモール編でも取り上げている)。

店舗を繋ぐ共用部は基本的に全て半屋外空間となっている。これはまさに熱帯の気候による建築の作り方で、適度な彩光と風通しを確保できる空間だからこそ、緑が生き生きとし、人間の居場所との共存が図られる。






緑が建築の見栄えを整える仕上げの装飾ということではない、その自然さが印象的であった。

②タムニ Tamni
バンコクのフアランポーン駅近くに位置するホテル”Tamni”。ホテルは、アジア特有の細い路地を抜けると現れ、レンガや木材など自然素材を用いた建物と豊かな緑が特徴的である。ホテル内には中庭やテラス、ラウンジなど、緑に囲まれた快適な空間が点在し、居心地が良い。ホテルの共用部は基本的に半屋外の作りで、熱帯の気候を反映した建築となっている。空調が効かない代わりに、風が通るヴォイド(空間)が巧みに設計されており、開放感があった。

滞在中、緑豊かな中庭では偶然ドローイングイベントが開催されており、参加者たちが様々に絵を描く様子が見られた。この中庭は通りから建物のピロティを通ってアクセスできる、奥まったプライベート性の高い場所であるが、通りからは奥に明るい中庭が見え、人々のアクティビティ見えることで、つい入っていきたくなるような場所でもある。中庭は背の高さがちょうどいい建物や緑に囲まれていて、まるで公園の一角にいるような雰囲気で、空間の使い方が自由でとても心地良かった。



宿泊したドミトリータイプの部屋は清潔でおしゃれ、接客も丁寧で、駅からも近く、非常にリーズナブルであった。朝食も素晴らしく、バンコクに宿泊するならTamniを強くオススメしたい。


2)土地の記憶を象徴するグリーン
①ザ ジャム ファクトリー The Jam Factory
チャオプラヤー川沿いに位置するお洒落なカルチャースポット、The Jam Factory。元々の倉庫をリノベーションした敷地内には、洗練されたカフェやレストラン、家具ショップ、本屋、ギャラリースペースなどが併設されており、ICON SIAMからも程近い立地で、自然に囲まれた“丁寧な暮らし”が感じられる場所である。

ICON SIAMから歩いて行くと、少し不安になるような「the都市の裏側」という立地ではあるけれど、カフェには本を読んだりパソコンを使って作業をしている地元の人々が多く、観光客よりも地元の人々に利用されている様子が伺える。太陽がジリジリと照りつける外とは対照的に、照明が低く薄暗い洞窟のような空間は落ち着きがあり、非常に居心地が良い。



中庭には大きな樹木と土のグラウンドが広がり、倉庫に新しく取り付けられた大きなガラスサッシを通して、どこか懐かしい風景が切り取られている。リノベーションにおいては、元々の本質を残しつつ、新たに生み出された空間が付加価値を生み出しており、居心地の良い時間を過ごすことができる。

中庭の大木は本当に大きく、枝葉が中庭全体を覆っている。長い間ここに植わっていたことが感じられ、その存在は廃工場と共にこの地域の文脈を伝えている。現在でもこの空間は人々に使われ、歴史と共に生きられた空間として継承されている。この場所は、看板の後ろに映るメガモールICON SIAMとは対照的であり、どちらが良い悪いということではなく、こうした多様な空間や文化が生まれていることこそが、バンコクの豊かさや奥深さだと思う。


②パトム オーガニック リビング Patom Organic Living
日本人も多く住むトンロー地区の閑静な住宅街に突如として現れるPatom Organic Living。ここは100%オーガニックな化粧品や食事を提供するカフェ。

建物はシンプルな立方体の形をしており、緑豊かな庭に面して3面がガラス張りになっているため、まるで森の中にいるような素敵な店内が広がっている。食事や空間は非常に洗練されており、ガラス窓を覗くと、映画のワンシーンを切り取ったかのような緑の情景が目に入る。



自然に溢れるこの敷地は、オーナー一家が70年にわたって暮らしていたという。さらに、建物に使われている木材は、古い屋敷を解体したものがリサイクルされている。土地や建物の記憶が引き継がれて、魅力的な居場所となる。


都市の喧騒—人混みや車のクラクション、街頭ディスプレイの映像など—の中で過ごす都会人にとって、閑静な環境で過ごす優雅なひとときは貴重であり、Patomはそんな人々のヒーリングスポットとしての役割を果たしている。

3)未来を創造するグリーン
①チャオプラヤー川スカイパーク Chao Phraya Sky Park
チャオプラヤー川に架かるChao Phraya Sky Parkは、鉄道橋の一部を緑のある公共空間として再生したプロジェクトである。この鉄道橋は、1990年代に高架鉄道のために途中まで作られたが、高架鉄道の建設計画が白紙となった後に、30年以上放置されていた「未完の橋」(チャオプラヤー川スカイパークはスカイ編でも取り上げている)。

インフラストラクチャにグリーンが付加されることで、人々の居場所となる。バンコクの気候に適した植物が植えられ、生物のコリドーとしても機能していくのだろう。2020年に竣工したばかりのため、木や苗はまだ小さく、整然とまとまっている状態で、ランドスケープはまだまだ未完である。



②ベンチャキティ森林公園スカイウォーク Benchakiti Forest Park
Benchakiti Forest Parkは、高層ビルが立ち並ぶアソークエリアの南に位置する都市のオアシスであり、2022年の拡張工事により生まれ変わった新しい緑の空間である(ベンチャキティ森林公園スカイウォークはスカイ編でも取り上げている)。

この公園は元々タイ・タバコ専売公社の土地で、30年以上前にタバコ工場の移転により生まれた広大な遊休地。工場の躯体が一部残されているものの、公園の大半を占めるのは広大な湿地帯を含む緑である。


この巨大な緑地をより人々の居場所としているのが、園内を横断するように設置された小さなインフラストラクチャとしての“スカイウォーク”。上空から森林を見渡すことで新たな視点を提供し、普段見ることができない緑の姿を感じさせる。緑地との付き合い方の選択肢を増やし、多様なふるまいが許容される。



特に印象的なのは、都市内農業と森林づくりを両立させる“agroforestry”の取り組みであり、植物同士や生態系の相互作用を重視したデザインがなされている。大きな池や湿地帯が生物たちに自然な住処を提供し、緑豊かな公園内で訪れる人々にとっては、自然と共生することの重要性を感じさせる空間となっている。公園内を歩きながら、ランニングを楽しむ人々やくつろぐ人々の姿を目にし、緑の持つ癒しの力が実感できる。

3.まとめ
バンコクのグリーンに纏わる建築・土木施設を6つ紹介しました。
熱帯の国では、コモンズやタムニのように、建物の共用部が立体的にも平面的にも半屋外空間として展開されることに特徴があります。建物内外に入り込む半屋外空間は、植物にとって森林の木陰と同じような自然な環境であり、生き生きとする様が建築や都市をより魅力的にしていました。
そして、グリーンは時間や記憶を貯蔵しそれを象徴する拠り所となる力を持ちます。ザ ジャム ファクトリーの中庭の大木は訪れた人にその悠久の時間を感じさせます。リサイクルされた建材が新たな建築に用いられ、倉庫だった場所がカフェにリノベーションされて、新旧が入り混じる場の豊かさがそこにはありました。空間やできごと、人々の記憶が蓄積されることでより個性的な場所ができるのだと強く感じました。
最後のメガスケールのグリーンは、上記2つのグリーンが複合的に展開されるとともに、スケールが大きいからこそ公共的な意味合いも持ちます。大きなインフラストラクチャに小さなランドスケープが、大きなランドスケープには小さなインフラストラクチャが付与されて、場所の記憶を継承していきながら人々の居場所となります。そして、ウェルビーイングや生物多様性などにも配慮され、これからの都市づくりを先導する役割も担っています。
バンコクのグリーンが担う役割は、空間・時間・人間そのどれにおいても非常に多様だと感じました。共通していえることは、『過密な都市に時間的・空間的な奥行きをもたらす余白』であるということです。その屈強な生命力は、余白にきれいに収まることなく、周囲に勢いよくはみ出してその場所にさらなる活力や意味を与えています。
都市の中のグリーンがこれほど多様な価値を生み出すヒントは、バンコクの人々とグリーンの距離の近さにあるように思いました。日本のグリーンはちゃんと水をあげて面倒を見てあげるもの(そうでないと枯れてしまう)というイメージがありますが、バンコクのグリーンは放っておいてもぐんぐん育つ。そんな熱帯の環境では、グリーンを扱うことに対するある種の気楽さや奔放さがあって、より身近にグリーンと親しむことでアイデアが生まれ、いろんな価値が発現しやすい環境になっているのではないかと思うのです。

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toshinismでは、ルームシェア生活での発見や気づきを軸に、広く都市に住まうことについて発信していく予定です。
皆さんが当たり前に行っている日々の暮らし。
それは、たかが暮らし、されど暮らし。
次回は、3つのキーワードを通して語ってきたバンコクの都市・建築について、まとめの記事を書きます。
ゆるりと更新していますので、ご興味関心のある方はお気軽にコメントしてください!
それでは、また!
筆:UD